絵画史料で歴史を読む

絵画史料で歴史を読む

・『吉備大臣入唐絵巻』は平安時代人がイメージした中国風の日域宮廷:和漢折衷、日本内裏を中国風に描いている。
・吉備大臣に尽くす阿倍仲麻呂=鬼は『不動利益縁起』に描かれる「護法」に類似。
・他者を<鬼>と見るのが本格化するのは「元寇」から:『聖徳太子絵伝』の蝦夷百済新羅人は<鬼>様に描かれる。『八幡縁起絵巻』、『清水寺縁起絵巻』、『天狗草子』、中世後期になると<鬼>は「征服・退治」の対象となる。
・『一遍聖絵』伊豆三島社の一の鳥居前で突っ伏した武士は「下馬札」無視の神罰で落馬したのではなく、「五体投地礼」である。『今昔物語』、『春日権現験記絵』、『北野天神縁起』、『頬焼阿弥陀縁起』、『不動利益縁起』などにも描かれている。
・「あちさか入道入水」の富士河に架かる船橋は「軍用」、旅人は渡し舟を使っている。
100:猫の「放し飼い令」:1602年に京都所司代が発布した鼠害対策。『猫のさうし』それ以前は基本的に繋がれていた。近世諸都市に広がる。
『姿としぐさの中世史』、『歴史としての御伽草子
113:「守屋家本騎馬武者像」の像主:加藤秀幸・藤本正行高師直、黒田日出男→高師詮
123:神護寺三像と『神護寺略記』の記述は整合性が無いので関連づけるのは不可能に近い。
133:神護寺三像は二頭政治の維持という足利直義の政治的意図で制作・安置された:像主の直義(伝源頼朝像)が兄(尊氏=伝平重盛像)と甥(足利義詮=伝藤原光能像)二度の両頭政治の永続を願い奉納した肖像画の稀有なセット。(伝平重盛像には折り目があり一時期畳まれていた)
180:聖地巡礼の熱狂は15,16世紀にピークに達するが16世紀後半には衰退する。その入れ替わりに登場するのが「熊野比丘尼
214:『熊野観心十界曼荼羅』の世界は中世末期から近世初頭にかけての「夫婦を中心とした家の確立」と密接不可分。