明治生まれの日本語 (知の蔵書21)

明治生まれの日本語 (知の蔵書21)

寺子屋では往来物(商売往来・番匠往来など)を教科書として日常最低限の漢字・漢語しか教えないが、藩校では「四書五経」を教科書として漢文の読み書きをしていた。新造語も識字層である士族に限られる。
明治10年初演の「冨士額男女繁山 女書生繁(ふじびたいつくばのしげやま おんなしょせいしげる)」では植木屋が自分は触書が読めないが小学校に通う息子は読める。また、「浮雲二葉亭四迷明治19年)でも女書生のお勢が女中のお鍋に「(お勢の)言葉には漢語が混ざるからサッパリ解らない」と云われる。
・外人が飼犬を呼ぶ「カム」を聞き違えて「西洋犬=カメ」と誤解した(「明治奇聞」第2篇大将14年)

以上、明治5年に「学制」が施行され、翌年から国民が皆同じ小学校に入学できるようになり、就学率が94.43%に達する明治37年4月に全国の小学校で使用された第一期国定教科書「尋常小学読本」(イエスシ読本)が出現するまでは「教養格差」は歴然と存在した。

新造語=日本語に概念が無く日本人が造語した:彼女、哲学、新婚旅行
借用語=中国で活躍した欧米人宣教師が漢訳した洋書・辞典から借用した:電報、恋愛、冒険、個人
転用語=日本に存在する類義語に新しい意味を付加して転用した:東京、駅、印象、家庭、権利、衛生、常識

・東京:転:江戸時代の漢学者は「漢音」読みで「トウケイ」、国学者・僧侶は「呉音」読みなので「トウキョウ」と明治初期「東京」は両方で呼ばれた。
・電信・電報:借:当初は「ハリガネダヨリ」と云う。「切支丹の邪法であり、その目的は施設した番号をたよりに家の処女を強奪し其の生血を電線に塗る」と当時でさえ納得できたか解らないような理由で電線が頻繁に切断された。
・年賀状:新:村では1軒1軒挨拶して廻るしきたりが一堂に会しての挨拶になり、都市部では「年賀名詞」の郵送に簡略化され廻礼の廃止へと移行する。
・駅:転:鉄道の敷設資金を外国からの借入で賄うことに対して「売国行為」と呼ぶ世論が多かった。
・時間:新:旧暦の「時(とき)」と区別する理由で時には「字」が「1字間」の様に当てられた。太陰暦が廃止されるまで併用される。
・彼女:新:「彼」は万葉集では人を指さない。平安期では「非人称代名詞」の「あれそれ」、英語に例えれば「it」である。明治期には「男女両方」に対して「彼」が使われている。「かのじょ」の確実な登場は坪内逍遙の「一読三歎 当世書生気質」第2回(明治18年)、それ以前は「彼女」と書いて「かのおんな、あのおんな」と読んだ。
・恋愛:借:中村正直が初の使用者、彼が校正した「英華和訳辞典」の「love」の中国語訳
・新婚旅行:新:明治24年刊行の雑誌「都の花」70号の「蛇いちご」
・衛生:転:中国では生命を全うすること。人生の生き方。最初は「養生」と区別がつかない庶民ばかり
・ちゃう、ぽち、:新:てしまう→ちまう→ちゃう、「ぶち犬」、「ぽちぽち」が起源か?
・より:転:蘭文典「和蘭語法解(文化2年)」によると江戸期の「より」は「AはBより小なり」という格助詞、「副詞のより」は「英文典直訳」比較級の訳語を真似ての造語、なので「帝国大学」で英語を学んだ人間はこぞって使うようになる。
・個人:新:1個+人、2個+人 の数字省略で生まれた。
・権利:転:「権理」とその座を争う
・常識:転:通常理会、平凡論旨、中庸、コンモンセンス、常情、通感、常見。明治24年2月「国民之友109号」が初出
・科学:新:「くわがく」と発音、「学、、芸、知恵、知識、博学、理学」と争う
・哲学:新:西周は欧州の儒学で、東方の儒学と区別する為に使ったので、「西洋哲学」を指す。